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母校

母校はどうなった?

相変わらず、母校が気になる。
ただ、地元が気になるだけだろう。

最近は、勉強に力を入れすぎているんかね。
今年は初戦敗退らしい。

今も覚えとる。
高校1年の時、「ええとこまでいくんじゃないん?」という噂が広まっていた。
2こ上の時代は、ピッチャーが良いと地元紙からは高い評価を得ていたから。
うろ覚えかもしれんけど、県No.1左腕と言われていたらしい。
それでも初戦敗退だった。

応援がないんじゃ、勝てる試合も勝てない。
高校野球は、全校生徒で応援する学校が多いが、母校にはそんな風習はない。
学校行事と試合がかぶることも多々あった。
高校野球の季節だろうと、ワールドカップだろうと関係ないんだろう。
ただ勉強が出来て、名のある大学に入れば良いと思っている教師が多いのか。
進学校とは、勉強さえ出来てれば良いのか?

春の県大会で優勝したのは、一昔前まで恋愛学校と言われた高校だった。
一番母校から近い学校で、何かとライバル関係の学校だった。
97校もある広島で。
甲子園常連校は、県内県外から優秀選手を集めているのに。

勝つことが全てだと言わない。
部活動ばかりやれば良いとも思わない。
ただ、高校の3年間を勉強だけに費やすのつまらんくない?

進路のことばかり気にせず、課外活動にも目を向けてもらいたい。
寂しいことに、母校にはもう後輩と呼べる子はおらんけど・・・
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by oohama30 | 2006-07-27 01:02 | daily

MIFA

誰が言い始めたのか知らないけど、僕らの合コトバ。
Mitsuta International Football Association ??

4年前のワールドカップ。
僕らがまだ高校3年生で、受験生になりきれてない頃、サッカーにみんなはまっていた。

4限目が終わると同時に、校庭には何故か10人近くがもう集まっていた。
部活引退したばかりで動き足りんかったんだろう。
昼飯は3限と4限の間の5分くらいしかない休憩中に食ってしまっていた。
たった20分くらいの昼休憩をめいっぱい楽しむために。
20分では飽き足らず、いつも先生に怒られていた。

だんだんとサッカー人口が増え、
多い時は30人くらいのヒトが一つのボールを追っていた。
誰がどっちのチームなのか分からなくなり、
たかが昼休憩の、20分間のサッカーなのにビブスを着たりもした。
観客も増え、黄色い声援が心地良くも感じた。

昼休憩の20分間のサッカーは、卒業するまで続いた。
センター試験前日も当然のように行われ、
自由登校になっても、みんなサッカーをするために、昼休憩の時間にはみんな学校にいた。


大学へ進学の機に、ユニフォームを作った。
毎日やっていたサッカーが、年数回と減った。

まだみんな、MIFAというコトバを覚えているだろうか?
まだみんな、ユニフォームを持っているだろうか?
まだみんな、サッカーをやっていた日々を覚えているだろうか?

僕は、覚えとる。
またみんなとサッカーがしたい。
思い出作りじゃなくて、思い出を取り戻すために。

今年の夏は出来そうにもないが、卒業するまでにはもう一度。
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by oohama30 | 2006-07-22 17:48 | friends

幼少の頃

「大きくなってもこの町から出ん!」
幼少の頃、常日頃言っていたらしい。
今では、この町どころか、市から飛び出し、県からも飛び出してしまった。

一人暮らしを始めた頃、毎日のように親から電話があった。
月日と共にその回数は減った。
今では、月に1,2回か?
自分から親に電話するコトもなくなった。

つい最近の電話では、夏いつ帰るのか聞かれた。
しかし自分の返事は、「分からん」だった。

親も自分も、こんな会話をしようとは幼少の頃には想像も出来なかっただろう。

本当にいつ帰ろうか?
8月6日に合わせて帰るヒトたちも多いようだが、自分はまだ帰れない。


大学生として最後の夏。
電話ではなく、直接に、親と話すコトもあるのだが。
「大きくなってもこの町から出ん!」
と、言っていた幼少の頃が、懐かしもあり、羨ましくもある。

今年の夏は、いつもより長く帰ろうかね。
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by oohama30 | 2006-07-20 06:06 | family

2つ後ろのヒト

入学当初だったか?
まだ周りを見る余裕もなかったから、そいつが誰なのか分からなかった。
そいつがどんな奴かも分からなかったし、男か女かさえも分からなかった。

そんな時から、彼は2つ後ろにいた。
近くにいたにはいたが、
2人は話すことなく、2つという距離を保っていた。

ただの2つ後ろのヒトとただの2つ前のヒトという関係を保ったまま。


お互いの関係が、ただではなくなったのは、いつだったか?
全くと言っても良いほど覚えていない。
何故なのかも覚えていない。
が、今最も親交のあるトモダチの一人だ。
頼りがいのあるトモダチだ。

ただ欠点を一つ言うと、
“祝うより祝いたい”という性格。
その辺りは自分と同じ感じもするが、要するにただの照れ屋さんなだけ。

たまには、祝うより祝われろ!
ただのではない2つ前のヒトとして、言わしてもらう。
トモダチとして。
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by oohama30 | 2006-07-18 06:06 | friends

毛の話

似非ボウズにして、10日。
時間が経つのは、早いもんだ。

そして、、、
髪の毛が伸びるのも早い。
トモダチから、髪の毛伸びたねと言われて気づく。
そういえば、自然乾燥に時間がかかるようになった。

昔から髪の毛だけは、何故かえらい勢いで伸びてくる。
中学の頃、髪の毛が伸びるのが早いヒトは、むっつりだという噂があった。
それが本当なら僕はむっつりなのか??
そんな心配もあるが、それ以上!?に心配なのが、
他の毛が伸びないという事実。

あごヒゲを伸ばすこと1ヶ月。
トモダチからは産毛だとバカにされるほど伸びない。
腕の毛が伸びたら、
「コニシですけど~」というネタをしたかったが、出来ずじまい。
ダンディーの象徴、胸毛もない。
ギャランドゥーを見せると、必然と全部見せるコトになる。

大変ですね。

どこの毛とか関係なく、毛が少ないヒトは、やっぱり悩むんですね。
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by oohama30 | 2006-07-17 14:31 | daily

本格焼酎

d0052838_2343914.jpgみちのくみちのり 〜天保の蔵〜
という焼酎を昨日頂いた。
3年前から付き合ってる友達から。
よく見つけてくれたなぁ!とすごく関心したが、どうも違う。

原材料名は、わがまま
アルコールは、気分次第

だって。

うん?
それって僕じゃん。
よく分かってらっしゃる!


まさか、こんなプレゼント貰えるなんて思ってもいなかった。
プレゼントも嬉しいけど、
自分を囲んでくれるトモダチ・先輩の存在が素直に嬉しい。

地元のトモダチからは、メールと電話を頂き、
先輩からも、メールと電話を頂き、
展覧会メンバーから、お祝いの歌を頂き、
ダンカンからは、内緒のようで内緒じゃないパーティー開いて頂き、
トミーズからは、プレゼントを頂いた。

どれも嬉しくて、涙が出そうになったのを一生懸命押さえてた。

でも、自分はみんなに何をしてきただろう?と考えると、、、
迷惑しかかけていない。

なので、、
22歳は、みなさんに恩返ししていきたいと思います。
自分に出来る範囲内で。。


そういえば、高校の時も同じコトを考えていた。
高校2年の夏。
自分の誕生日を祝ってもらったのをきっかけに、
トモダチに誕生日メール送ってたな。
トモダチ30人くらいに、メールでお願いして、
30人一斉に12時に送るのね。
送る方は楽しいけど、送られる方は返事で寝れないんよね。。

そんなコトもやりつつ、くだらんコトにも一生懸命やって、
大人になりたいと思います。

                         2006年7月15日
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by oohama30 | 2006-07-15 23:40 | friends

あだ名の話

今現在呼ばれているあだ名は、「はま」
やはり「はま」という2文字は強い。
名字に「はま」が入る人のほとんどが、「はま」と呼ばれるらしい。
強すぎる。

自分があだ名を最初に呼ばれたのは、小1の頃だったと思う。
「チャーリーはま」
小1の頃からパクることを知っていたようだ。

それから、語尾に「ん」を付けるあだ名が流行った。
出来たあだ名が、「おおはん」。
以後,高校卒業までトモダチだけじゃなく、先生からも呼ばれる、愛すべきあだ名になった。

大学では、文化の違いからか「はま」と呼ばれる。
愛すべきあだ名は跡形も無く消え去った。
それでもいいじゃないか。
大学の友人みんなが「はま」と呼んでくれるなら。
とも、思う。

「おおはん」と「はま」

呉のトモダチに「はま」、
大学のトモダチに「おおはん」と呼ばれると、
こしょばゆいのは何故か?

「おおはん」と呼ばれる自分と「はま」と呼ばれる自分は違うからか?
ただ呼ばれ慣れているかどうかの違いだけだろう。

「おおはん」と「はま」

どちらか1つに絞ることは出来ない、大切なあだ名。
2つのあだ名をこれからも使ってもらいたい。
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by oohama30 | 2006-07-13 06:29 | daily

HOTARU NO HIKARI/SNAIL RAMP

暁のもつ橙 足取り重くしたり 十五夜の空に舞い それぞれに待つ旅

Sould auld acquaintance be forgot.
And never bought to mind
Sould auld acquaintance be forgot.
And days of auld lang syne
For auld lang syne,my dear.
For auld lang syne
May auld acquaintance be forgot.
And days of auld lang syne

I want give way.
I want give way.
I want give way.
Yes, please...
We want lead the way.
We want lead the way.
Oh! In the distance

Sould auld acquaintance be forgot.
And never bought to mind
Sould auld acquaintance be forgot.
And days of auld lang syne
For auld lang syne,my dear.
For auld lang syne
May auld acquaintance be forgot.
And days of auld lang syne

時は去り 燃ゆる日を背に 戸惑いも晴れ やむにわか雨

I wanna write music.
I never stop my journey
I wanna catch my shine. Come into my mind.
anyway anyway anyway. Yeah

ホタルの光窓の雪 書読む月日重ねつつ
いつしか年もすぎのとを あけてぞ今朝は別れゆく
ホタルの光窓の雪 書読む月日重ねつつ...
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by oohama30 | 2006-07-10 07:45 | daily

感謝

生まれてきてちょうど21年が経った。
この21年何があっただろうか?

泣けるくらい嬉しかったコトもあり
泣けるくらい悲しかったコトもあり
穴があったら入りたいコトもあった。

何か良いコトがあっても、悪いコトも常に起きていた。
今まで、一定というか安定というか、
そんなコトは一度もなかった気がする。
他のヒトと比べれば、自分の人生なんてちっぽけかもしれんけど、
今振り返ると自分はそう思う。

たくさんのヒトにお祝いのコトバを頂いた。
それはそれで、嬉しかったのだが、
いつも自分の誕生日を祝ってもらうコトに疑問がある。
自分はただ1984年7月8日に生まれてきただけ。
何にもめでたいことはない。
節目として、新たな一歩を踏み出すということであれば、めでたいのかも。

自分でもよく分からんけど、、、
といかく、親に感謝したい。

21年間育ててくれた親に。

ありがとう
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by oohama30 | 2006-07-08 14:09 | daily

7月

夏がまたやって来た。
何故か、夏が来るとそわそわする。

そんな時、海を見ると落ち着く。

遠くからでも、近くからでも、良い。
海が見たい。

出来れば泳ぎたいけど、まだ泳ぐには早いか・・・


海が見える場所

ここじゃ見えない。
車を走らせば、見えるけれど、、、

実家は家にいながら海が見える。


この夏も戻らないとな。


この前電車から海が見えたので、急に海が恋しくなっただけ。

やっぱり、広島好きだな。
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by oohama30 | 2006-07-07 15:01 | daily